自省録

日々立ち止まりながら思いついたことを長々と書くblog

死ぬということ

重いタイトルですみません。

 

小林麻央さんが死去された、という訃報に思うことです。

 

小林麻央がブログで闘病生活を綴っていたとか、市川海老蔵が病状について報告していたとか。あまり興味がありませんでした。元々小林麻央自体が清楚ぶってタレントが梨園の妻のポジションを手に入れた、ぐらいのイメージでしたし、最近は闘病生活がYahoo!ニュースになっているのを見て、病気をアピールしているようで不快でした。

 

そんな私でしたが、今回の訃報を聞いて改めて34歳という若さで死ぬことがどういうことなのか、生前綴っていたブログが今後どういう意味を持つのか、死をどう捉えるか、など色々と考えさせられました。

 

私は父親を6歳で失いました。交通事故でした。勿論、直後はとても悲しかったですが、そうは言っても子供。悲しみも生前の記憶も徐々に薄れていきました。数少ない思い出が呼び起こされるきっかけになるのは、写真であり、ビデオであり、日記であり…。残念ながら我が家には写真ぐらいしか残っていないのですが、残された遺族の記憶にいつまでも残ることは生前に考えておくべきことだと思います。

 

これは私の推測に過ぎませんが、小林麻央さんが約1年間ブログを書き続けたのは闘病生活を世間に発信することで自分が励まされると同時に、自分の死後に夫や子供の記憶にいつまでも鮮明に残るように、そんな意味があったのではないかと思います。

 

自分の死後を考えて行動するなんてとてもできないことです。生前どういう方だったのかなんて当然分からないですが、死に直面して周りに気遣いを見せるだけでも凄いことです。私にも死を意識せざるをえない状況が必ずやって来ますが、その時の精神状態を想像できません。

 

死ということを考えた時、頭によぎったのは自分ではなく私の母親のことでした。

 

今自分にできることは60歳になる母親と少しでも多く接する機会を作ること、具体的には長期休暇があれば出来るだけ家族旅行に行く提案をすることです。まだまだ時間があるとは思わないで、沢山の思い出と記録を残し、私や子供がいつまでも記憶として留めておくことが一番の親孝行だと信じています。

 

最後になりましたが、小林麻央さんのご冥福を心よりお祈りします。

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